わたしの家族写真

2015.04.08

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as(アズ)@as_02.07 と申します。今回自己紹介を兼ね、恥ずかしながら寄稿させていただきます。長文になりますがご一読頂けたら幸いです。

私は主に自分の子供2人を写真に撮っています。

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もともと出不精なこともあり、もっぱら子供たちの写真ばかり。ですがWebを通じ、他の方の写真を見るにつれ、もっともっと写真の面白さを知ってみたいと自分の写真熱が上がっていきました。

去年は私にとってリスタートの年でした。環境も大きく変わり、自分の中でいろいろとチャレンジしていこうと考えていました。年も変わった1月、RECOのローンチに伴ったキックオフミートが東京で開催されることを知り、私はこれに思い切って参加することを決めました。

2015年1月17日 RECO東京キックオフミート

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生まれて初めてのフォトウォーク。知らない誰かと写真を通し時間を共有するなんて、少し前の自分からは想像できないとても程遠い世界でした。結果、まだ知らなかったスタイル、参加しないままだったら知らなかったであろう新しい写真の面白さも知りました。前に寄稿された方と同じようにRECOがキッカケとなり、新しい写真の面白さに触れることができた本当に良い経験でした。

さて、話は変わります。

先日、結婚式参加の為、久しぶりに実家に帰りました。今では父母が普段寝起きに使っている部屋を貸してもらったのですが、結婚式から帰ってきて、さて寝ようかとした時、鏡台に一つの写真立てが置かれているのに気がつきました。普段から父母が置いているのだと思います。

その写真立てに入った写真は小さい頃の私たち兄弟3人と母が写った写真でした。

夏に撮ったと思われるその写真は、ただいつもの生まれ育ったお馴染みの盆地を見下ろす道端でビニールシートを広げ、お弁当を食べている写真。誰一人カメラの方を見ていない。緊張感、しゃれっ気ゼロの写真。構図が素晴らしいわけでも綺麗な花景色が広がっているわけでもない、ただただ平凡な写真。

ですがそれを見て私は、なんともいえない幸せな気持ちになりました。

きっとこの写真を撮ったと思われる父は、決して不機嫌な気分の中これを撮ったのではなく、現在の私のようにファインダーを覗きながら少しニヤニヤ、そして少し嬉しそうにシャッターを押したんだろうな。そんな事を感じました。

今のように外に発信することが無い時代に撮られたその写真は決して他人を意識したものでも、またただ単なる「記録」としてでもなく、被写体への「想い」を写しているようにも感じました。

今の私自身が一番、少しニヤニヤ、そして少し嬉しそうに撮れる写真はやはり「自分の家族」だと思っています。
将来、寝室のいつでも見れる場所に飾る写真を撮るためにも、私は、これからも私の愛する人を撮り続けていこうと思います。

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以上。自己紹介なのか何なのか、よくわからないボヤけた文章でしたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。今後、RECO、写真を通してこの記事をご覧の皆さんと交流させていただくこともあるかと思います。その時は何卒よろしくお願い致します。
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長文駄文失礼いたしました。

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