半分を探す
2016.02.03はじめまして。Gaku(@ig_water)と申します。
僕が目指している、こう撮れるといいなと思っている写真についてお話したいと思います。
写真は”半分くらいがちょうどいい” 。僕はそう思っています。写し手である僕は、その時々で感じた気持ちや空気、時間を残したいと思ってシャッターを切っています。
写真を観てもらった時に自分の意図通りの感想をもらえることは嬉しいのですが、正確に伝わることよりもそこから溢れた色々な視点の違いや感じ方を大切にしたいです。
もし誰かを撮る時、写し手の想い、被写体との時間や関係性を中心に表現するのか、そこに観る側の気持ちをのせられるようにするのか、その違いになるのかもしれません。
ある時、僕の写真に対してこういう感想がありました。
“どんな語らいがあったのでしょうか。今は誰も座っていない席に降り注ぐ光が印象的”
“ここに写った残り香はいつまでも留まり続け、様々なストーリーを私達に語ってくれる”
“何かを見つけたい、見つけられた?”
“交わした会話、絡み合った視線。次へちゃんとつながりますように”
ある人は写真そのものを、ある人はそこに居た人の視点に立ったように色々な感じ方をしてくれたことが嬉しかったです。
自分は半分。残る半分は、観る人の気持ちに寄り添うことが出来る。
例えば同じ写真でも、嬉しい気持ちの人は暖かく感じる、悲しいことがあった人はその切ない想いを写真に重ねられる。そんな写真が撮れたならと思っています。
よくお世話になっているギャラリーの方が、僕の作品を観た時にこう言ってくれました。
“いつも本当のところがあと少しで見えない感じがします”
言い方を変えれば表現が弱いともなるのですが、今の僕にとっては一番嬉しい言葉でした。
皆さんはどんな写真が好きですか?
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